2016年1月17日

手切り割きイカ A helping hand from husband

またまた夫からお好み焼きのリクエスト。お好み焼きに入れる割きイカですが、お店によっては置かれていません。知名度が低いのでしょう。今日もそうだったので、家にあるスルメを細く切って使おうということになり、夫にお願いしました。正月の松前漬けで余ったスルメが使えて好都合です。

救いの手…ありがたい♪

ふだんの割きイカより歯ごたえがあるので存在感がありました。


鉄板で焼いて、そのままテーブルへ。盛岡で買って帰って以来、重宝しています。


細切りキャベツが好評です。

10 件のコメント:

くまくらし。 さんのコメント...

さきいかとかスルメいかを入れるんですね~
目から鱗ですが、しみじみとしたお味でお野菜たっぷりで美味しそう
鉄板のまま食卓へ並べられるのもオシャレだし、
お腹すいてきました~(^^♪

せっせっせ さんのコメント...

くまくらし。さん、

おっしゃる通り、しみじみとしたお好み焼きです。
子どもの頃、父が毎週のように食べたがって夕食がお好み焼きだったけれど、
あんまりおいしいと思っていなかったのは、きっと紅ショウガとか、
ネギとか、割きイカとか、大人の食材?が醸し出す風味のせいだったかな。

割きイカは、具の一番最後に、表面を覆うように薄く広げます。
その上から生地をお玉でまんべんなくスジを描くように流して、上下を
返すのですが、割きイカと生地がうまくからんで、その下の具をまとめてくれるというか…はっきり分かりませんがそんな役割がありそうです。

鉄板の黒が料理をおいしそうに見せてくれますし、
熱の伝わり方が優しいので、保温にももってこいです。

さぁ、今夜の夕食はなにかな?

ドラねずみ さんのコメント...

そちらにはアミカと言うお店はありませんか?業務スーパーの様なプロ用食材のお店です。
昨日、ベーコンとチーズミックスを買ってから、ふと棚を見ると切りイカがが並んでいました。以前お話しした、親父が店で焼いていた「船場焼」の材料です。手切りの割きイカはそれと同じです。香ばしくって美味しかったでしょう。親父はネギも大量に入れていました。いつか再現してみたいです。

せっせっせ さんのコメント...

ドラねずみさん、

聞いたことあります。実家のそばにあったかな?
お好み焼きの一番最後に施す裂きイカは、おつまみのそれと同じ名前なの
ですが、違うんですよね。
店員さんに尋ねると、おつまみのコーナーに案内されることが多くて。
以来、お好み焼きのコーナーになかったら置いていないのだと思うことにしています。

船場焼に入れられていたのはスルメを手で細く切ったような感じ?
船場焼でイメージ検索してみましたが、これといったものが出てこなかったです。地域的な呼び名かな?

ドラねずみ さんのコメント...

昨日、業務スーパーに行ってみたけど置いてありませんでした。アミカでは「切りイカ」と書いてありましたよ。太さは1mm角の細いものです。小袋でも相当量があり買いませんでしたが、発想を変えて、割きイカと見た場合、お値打ちな値段でした。ムラムラときたら買うことにしましょう。

せっせっせ さんのコメント...

ドラねずみさん、

太さ1mmならお好み焼き用かな。
お好み焼き以外に使う人もいるのかしら?
焼きそばにいれるとか、食材として目をつけてもいいかもしれませんね。
おつまみのきしめん状のイカなら、母がサラダに入れていたことがあります。

…全然関係ない話ですが、以前「イタリアの小さな村」の主題歌の話から、
私が小学生のときにイタリア語で歌わされた歌があったという話をさせて
もらったと思うのですが、先日TVでようやく曲名が判明しました。
「帰れソレントへ」でした。

ドラねずみ さんのコメント...

エッ、カンツォーネを唄ったんですか?それも「帰れソレントへ」ですか?「サンタ・ルチア」じゃないのですか? ちなみに私はカンツォーネ好きなんすよ。ジリオラ・チンクエッティーのファンです。もう50年来ですよ。ジリオラ・チンクエッティーは私より1歳年上です。「夢見る思い」以来のファンです。その為イタリア語の辞典を買いました。パステルの大作に「プリマべーラ」(春)と付けた程ですよ。 ところで何で「帰れソレントへ」を唄うことになったんですか?

せっせっせ さんのコメント...

ドラねずみさん、

以前もそんな話題でしたね。熱い思いをお持ちなんでしたね。
なんで歌うことになったのかというと、たしか確か音楽の教科書に、荒城の月だったり、帰れソレントへ、
だったり、現代音楽以外の音楽をレコードで聴いたり、曲ができた背景を学んだりという内容があって…
先生がイタリア語を知っていたかはともかく、イタリア語の発音をカタカナで暗記して、みんなの前で
一人ずつ歌うという実技テストが課されたのです。
その時は反抗期真っ只中でその先生も嫌いでしたし、なんでそんなうっとうしいことを…と思いつつ
テストと言われれば真面目に覚え、歌いきったんです。おかげでメロディすべてと歌詞の一部が今でも
ふいに出てきてすごいなと思います。今なら先生の音楽教師としての熱意を感じられるのですけど、
今じゃ遅いですね。

あ、すみません。小学生じゃなくて中学生でした。
国語では、長い長い散文詩や古典などを、暗記してみんなの前で一人ずつ声に出して
言わされたのも覚えています。

ドラねずみ さんのコメント...

私が中学の時は「サンタ・ルチア」でしたよ。ハワイアンは「アロハ・オエ」。皆、オエッつ
オエッと嗚咽の様な声を出して叱られていました。
私は5月生まれなので、変声期が早く来て、音楽の時間が辛かったんですよ。

せっせっせ さんのコメント...

ドラねずみさん、

なつかしいなぁ、そのノリ、中学生の男子って感じですね。
先生が困るのを見るのが面白い年頃で。
私ももちろんその一人でした。

変声期はなかったけど私も5月生まれです。
高い声が出し辛くなる…どんな感じなのかなぁ。